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五分の一模型
地元日南の大工・熊田原(くまたばら)正一さん製作の「象川橋・五分の一模型」が、デザイン会議の会場に持ち込まれた。全長4mに及ぼうという巨大なそれは、もはや試作品といっていいものだった。これが手弁当であることに読者は驚くだろう。
私も会場で驚倒して見ていると、いつの間にか熊田原さんがそばに立っておられた。こういうとき、職人さんとの会話は実に簡素だ。前置きなく、苦労話も自慢話ももちろんなく、いきなり淡々と私に製作上の問題点や改良点などを教えてくれた。
さらには、
「支柱を持って強く揺すってみてください」
という。
やってみた。思っていた以上に剛性が高い。
熊田原さんは、さらには腹ばいになって乗ってみろともいう。これも、やってみた。会場の隅で木橋模型に腹ばいでゆさゆさ揺すっていたのは私である。やってみて分かったが、実に頑丈である。
「なかなかしっかりしとるでしょう」
そういって熊田原さんが初めて、愛嬌のある顔でにっかりと笑った。
ところで、日南の造船技術の特徴は「曲木」である。脂分が多くて柔らかく粘る飫肥杉は、造船材として重用された。舷側板に曲木は不可欠だ。蒸したり煮たりして曲げていくのだが、もちろん薄くすれば木材は曲がりやすい。だが強度を得るには厚いほうがいい。厚く、強度を保持したまま曲げるに飫肥杉は絶好だったのだ。
屋根構造に、ぜひともこの曲木技術を導入したいと考えていた。一般に屋根付き橋は、洋の東西を問わず「暗くて重い」のが特長だ。しかし、ここは南国・日南である。明るく、軽快な橋にしたい。そこで、屋根を曲木のアーチトラスとして開放感を与え、最終的には屋根にトップライトを用いるものとした。橋の内部に入ると、天井の曲木スリットの中央から光が降り込む形である。だがこの部材、原寸大では強度を持ったまま曲がるかどうか、この時点では定かではなかった。しかし――。
「この曲木がいいです。絶対実現せんにゃなりません」
と、熊田原さんが語気を強める。
要するに、この模型というか試作品から、設計者は極めて有用なフィードバックを豊富に与えていただいた。同時に強度的な確証も。
通常なら、こんなシチュエーションは設計時にあり得ない。想像力と構造計算を駆使して設計図書をまとめ、その後工事発注までスタディの余地はないのだ。
もちろん今回もそのつもりだった。ただ、木材WG(ワーキング・グループ)を編成して、情報だけでも地元のノウハウをできるだけ取り入れたいと思っていた。
熊田原さんも、もちろんWGのメンバーだ。だが、情報だけでない、彼の「模型」によって、全ての設計パラダイムがこのときシフトしたといっていい。
だが、幸福はまだ終わりではなかった。
熊田原さんの活躍は、まだ序の口だったのだ。 |
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写真1/デザイン会議に持ち込まれた五分の一模型。圧巻である。
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写真2/熊田原さんの五分の一模型では、薄い材で曲木の雰囲気が表現されていた。本来的な設計では、この曲木はもっと厚みも強度もあるもので、屋根垂木とともにアーチトラスを形成する主部材となる。
また、最終的な設計では、中央の棟木がなくなり、代わりにトップライトが通って、そこから光が降り注ぐ形だ。棟木は、トップライトの支持材で代替する考えなのだ。伝統工法でモダンな空間をデザインする意図である。
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写真3/これが飫肥石によるカウンターウェイト。これが文字通り「重石」となって、主桁の片持ちが成立する。両岸から突き出た片持ち桁の上に、さらに桁が掛け渡されて橋がつながる。
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□ 材料から設計する
橋梁の主構造は、飫肥石をカウンターウェイトにした片持ち桁を両岸から突き出すものだ。(写真3)その間を桁が渡って橋がつながる。問題は、片持ち桁として必要な断面が確保できるかどうかだった。最初に設計図で提示されたこの主桁断面は、どうも地元で確保できそうもない寸法だったのだ。
桁せい(断面高さ)が重要だ。「せい」が取れれば、厚みがなくとも桁の本数を増やすことで持たせられる。逆に「せい」が届かなくとも、ある程度までなら、厚みを取って剛性を高める考えも可能だ。
ともかく、実際にWGとして、森林組合に行って流通材の断面を見せてもらった。
目の前に積まれた材木は、決して貧相なものではなかったが、それでも確かに、設計断面に足りそうもない。少し無理があったか。全く違う構造にするしかないか。構造エンジニアである空間工学研究所の岡村さんからは、代替案も受け取っている。しかし、この片持ち梁構造のデザインは相当に画期的で、さすがに岡村さんだと、私自身も気に入っていただけに、後ろ髪を引かれるようだった。
東京に戻って数日後。
宮崎県油津港湾事務所の担当者である、那須紘之さんから連絡があった。
「構造を変えるのは少し待ってください」
「でも材が取れそうもないですよね」
「いや、それがあ
のあと、日南の山を上げて材を探してみることにしたんです。みんな、材が取れないという結果に納得してないんですよ」
何とか目途が立ちつつあるという。
このプロジェクトのために、日南地区及びその周辺から大口径材を特別に伐り出してくることになった。だが、たまたま1、2本出たくらいでは困る。製作時の予備や将来のメンテナンスなども考慮に入れると、ぎりぎり安定供給が見込める最大断面、というものを見極める必要がある。
さらにその後の報告では、確かに揃うには揃うが、相当に寸法がぎりぎりだという。
ここまで来ると、実証してみないとどうしようもないという雰囲気になってきた。
どういうことかというと、実際に桁を一本切り出してみようというのだ。
「つくってみないとわからんちゃ。」
平然と誰もがこの言葉に同意する。
簡単に言っているようだが、設計段階でそんなことをやっている現場なぞ、聞いたことがない。私は、宮崎県民の民意の高さを見たと、本心からそう思った。
加工当日――。
材をどの向きで、どう切出すか、喧々諤々である。
初めは、材木の芯を外して大断面木材から主桁を二本取りしようと思っていたが、実際に墨を入れてみるとまるで無理だと分かった。芯を持ったままだと後から「割れ」が出やすいのだが、そんなことはいっていられない。むしろ、芯材で割れを防止するにはどうするか、どこに背割りを入れて、防腐はどうするのかという議論に移行した。
その横で、構造を担当する東大の腰原さんや空間工学研究所の萩生田さんらが、関数電卓をひっぱたき始めた。やがて、
「この断面は取れますか」
新しい設計断面が提示された。
「この断面なら持つのですか。これならなんとかなりそうだ」
ついに製材が始まった。
巨大な木材が、フォークリフトでバランスを取りながら製材機に運ばれていく。機械小屋からあふれそうだ。
縦切りの大径用鋸がうなりを上げる。木材がキャタピラで運ばれて鋸に近づいていき、やがて、とろけるようにスライスされていく。みずみずしい杉の香が、あたりの空気に満ちる。
切り出された端材も、受け止めるには数人掛かりだ。
これを繰り返して、巨大な角材が出来上がった。
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写真4/宮崎県南那珂森林組合に木材を確認。当初設計の材寸が取れないことがわかり、一時は構造変更かと思われたのだが・・・・・・
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写真5/今回の木橋のために特別に大口径材を伐り出してもらった。それをもとに桁断面として取れる寸法を確認する。
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写真6/大口径材を製材する。フォークリフトで製材機まで運ぶところ。この材をもってしても、設計断面が確保できるかどうか微妙なのだ。いかに挑戦的な設計か知れる。
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写真7/製材機に乗せられた杉材を前に、切り出し方を打合せ。喧嘩しているのではない。真剣なのだ。左は大工の熊田原棟梁。右は宮崎県南那珂森林組合の星衛俊和さん。ベテランの加工場主任だ。
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写真9/次第に「角材」に製材が進む。
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写真8/製材の様子。端材といっても半端でない寸法である。倒れこむのを数人掛かりで押さえ込みながら、材を切断していく
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